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ミニ次元のはざま
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歌が好き
2008-04-16-Wed  CATEGORY: アイマス
「お待たせしました。 合格者の発表です。
 本日のオーディション合格者は……」


試験会場というものは、どの世界でも独特の緊張感が漂っているものだ。
その結果いかんで、未来が決まる。
未来を信じ、切り開くために受験生は自分の持てる全てを振り絞ろうとする。

それだけに、合格発表というのは恐ろしいものだ。
不合格の烙印を押されれば、まるで今までの自分の努力が否定されたかのような、
耐え難い絶望感を味あわされることになる。

狭き門である、芸能界では ことさらに。
オーディションの合格発表には、窒息しそうなほど張り詰めた空気が漂う。

……いつもならば。
だが、今日の会場は、空気が違った。


「1番の方です。 おめでとうございます」


審査員が告げると、胸元に "1番" のタグをつけた少女が、優雅にお辞儀をした。
同時に、他の受験生から、彼女へと まばらな拍手が贈られる。

俺の隣に居る、胸元に "2番" をつけたアイドル候補生、
天海春香も、そんな落選者の一人だった。







"アイドルマスター"
本名不明、年齢不明、性別すら不明。
だが、業界では知らぬ者の居ない、謎の辣腕プロデューサー。
彼(?)の手がけるアイドルは、例外なくトップアイドルへと導かれる。
その恐るべき手腕から、名づけられた異名だ。

どういうわけか、彼はプロデュースしたアイドルが、
デビュー後1年を経た時点で、人気の絶頂であっても解散させてしまう。
そして新たなアイドルを育て始めるのだが……
彼は、自分のアイドルに、いつも決まったユニット名をつける。
"魔王エンジェル"

今日のオーディションの1番は、13代目の "魔王" だった。

相手が悪い。
運が無かった。
……そう考えるしかない。

オーディションは、 "魔王" のアピールタイムの時点で完全に結果が決まっていた。
新人とは思えない、カメラ慣れした風格ある振る舞い。
まるで月面を滑るかのような、気品に満ちたダンス・テクニック。
そして、既に完成された、ベテラン顔負けのボーカル。
彼女は、圧倒的だった。

だが、問題は "魔王" に完敗したことではない。
春香の出番が、彼女の直後だった、ということ。
そして、今日が春香のデビュー戦だったということ……
この2つが重なったことが、最悪だった。

完全に萎縮して腰砕けになった春香のアピールは、惨憺たるもの。
曲の歌詞は頭から完全にすっぽ抜けて、歌の途中で何度もつっかえるわ、
あまりの緊張に目線があらぬ方向へ行ってしまうわ、
ダンスのステップを間違えて、派手に転ぶわ……
やることなすこと全てに、審査員からダメ出しを食らう結果となった。

ただただ、自信を喪失するだけで終わってしまった。
負けたことよりも、実力が出し切れなかったことが、何よりも痛い。


「春香、おつかれさま」

「……………」


帰りの車の中。
俺は、春香に かけてやる言葉が見つからなかった。
今の彼女に何を言ったところで慰めにもならず、余計に傷口を広げるだけだろう……。
助手席で うつむく春香の顔を見ることすらできない、自分が歯がゆかった。







翌日。
春香は、ちゃんと事務所へやってきた。
最悪、 「アイドルを辞める」 と言い出しても おかしくないダメージだったはずだ。
実際、昨日のオーディションで挫折したアイドルも居るだろう。
スタート地点の第一歩を踏み出そうとしたところを、
思い切り頭から転んだようなものだから。
俺は安心すると同時に、春香の強さに感心する。

その日のレッスン中、春香は いつになく真剣だった。
一日のノルマを終えて なお、追加レッスンを要求し、
日が落ちて、俺が遠距離通勤の春香を心配しても、なかなか帰ろうとしなかった。
その時は、あの手痛い敗北がバネになっているのか、
と考えていたのだが……。







連日のハードなレッスンにより、春香は目に見えて疲れが出てきていた。
ダンスレッスン中、またしても転ぶ春香。
だが、転び方にも いつもの勢いがなく、
疲れて足に力が入らなくなり、へたり込んだ…という感じに見えた。


「春香、少し休憩しないか?」


俺がそう言っても、まるで声が聞こえていないかのように、立ち上がろうとする。
だが、体は言うことを聞かないらしく、
はあっ、
と大きく息を吐くと、春香はそのままうずくまった。
両膝を抱き、そこに顔を埋めるように。

……違う。
あれは、顔を隠しているんだ。
あるいは、こみ上げてくる嗚咽を。
肩が、僅かに震えているのがわかる。
丸まった背中が、とても小さく見えて……
俺は、なぜか胸が締め付けられるような気分だった。

これだけ無理をして、体が動かなくなるくらい頑張っても、
目に見えたレベルアップは していない。
焦り、そこから生まれる悲しみ、疲れ……何より、悔しさ。
今、春香は それらに打ちのめされている。

プロデューサーって、こんな時、どうしてやればいいんだ?
俺は この子に、何をしてやれる…?

結局俺は……春香が泣き止むのを、ただ待つことしか できなかった。







「おはようございます。 ……はぁ」

「うん、おはよう、春香」


春香のテンションは、目に見えて低い。
それでも春香は、今日も休まずに出社する。

今の彼女を支えているのは、何なんだろう。
事務所や、俺への義理のため?
根っからの真面目さ ゆえに?
それとも意地? 責任感?

……だけど、今の春香には笑顔が無かった。
なんだか俺は、それが寂しくて、
もし このままの調子で次のオーディションに合格できても……
……素直に喜べそうにない。


「……よし。
 春香! 今日のレッスンは休みにして、どこかに気晴らしに行こう!」

「えっ? で、でも……」


出し抜けの俺の提案に、春香は戸惑ったような顔をする。
自分でも 「何を言ってんだ」 とは思うのだが、
辛そうにレッスンをする春香を、どうしても見たくなかった。


「春香は たしか、カラオケが好きだったよな?
 ちょうど ここから近くに店があるし、そこに行こう!」

「あっ……」


勢いに任せて強引に、春香の腕を引っ張る。
そんな騒ぎを聞きつけて、お祭り好きの二人がやってきた。


「あー! 兄ちゃんが、はるるんを誘惑してるよー!」

「ほんとだ! はるるん、てーそーのピーンチ!」

「こら、変な誤解をするな!
 よーし、亜美と真美も来い。 カラオケ行くぞ! 俺のおごりだ!!」

「「わーい、行く行くー!」」


途中、玄関を掃除している やよいに会ったので、
彼女も無理やり連れて行くことにする。
正直なところ、亜美たちが来てくれて よかった。
俺と今の春香の2人では、間が持たなかったかもしれない。







「あんあ〜 男の〜ひ〜とって〜♪
 な〜んにん〜 好きなひとが ほち〜ぃの〜♪」


ボックスに入るやいなや、物凄いスピードで亜美と真美が曲を入れた。
この二人、通ってるな……。
春香を見ると、一応歌を聴いてはいるようだが、
どこか心ここにあらず、といった感じだった。
生真面目な春香としては、仕事をさぼって遊びに来ている気分なのかもしれない。
俺は深く考えずに勢いで行動したことを後悔したが……
すでに、他の3人はノリノリの状態なので、後の祭りだ。
せめて少しでも居心地のいい場所にしようと、食べ物と飲み物を注文することにする。


「おい、飲み物は何にする?」

「「コーラ!」」

「えっと、えっと……メロンソーダがいいですっ!」

「春香はどうする?」

「あ、えっと……それじゃ、オレンジジュースを……」


なんというか、周りに気を遣って とりあえず注文した、という感じだ。
なんだか本格的に春香に申し訳ない気分になってきた。
だが、今さら悩んでも仕方ないので、オーダーする。
俺は、どちらかというとカラオケは苦手なため、酒が入らないと歌えない。
「とりあえずビール」 という言葉が出かけたが、
文字通り女子供の顔ぶれに混じって
ジョッキをテーブルに置くのは あまりにも無粋な気がしたので、
見た目ジュースっぽいスクリュードライバーを頼むことにした。


「うっうー うっうー!」

「「いぇ〜!」」

「うっうー うっうー!」

「「いぇ〜!」」

「うっうー うっうー!」

「「抱きちめたいのにぃ〜♪」」


10分と経たないうちに、亜美・真美・やよいのテンションはマックスになっている。
これが若さか……。
次は順番的に、春香か俺だろう。
シラフだとこの場のノリについていけそうにないので、
俺は注文したスクリュードライバーを一口あおる。
あまり酒に強くない上に、食べ物がまだ来ていないため、空きっ腹の状態に堪える。
すぐに酔いが回ってきた。


「わがまま 言って メッ!
 ごめんな さいね シュン;;」

「あはははは! 兄ちゃんキモーイ!」

「亜美、笑ったら悪いよ〜」

「わかってないなぁ、やよいっち。
 こーゆー時は、笑ってあげるのが礼儀なんだよ!」


……小学生のくせに、本当に慣れてるな、この二人。
確かにウケを狙って笑われないと悲惨だが、
気を遣われるのも それはそれで傷つく……。
なんとか歌い終わって、コソコソと席につくと、


「りれーしょんずっ!」


スッパーン!

突然、春香が吼えると同時に、勢いよく立ち上がった。
颯爽とテーブルを飛び越えて、マイクを手に取る。


「よっ、はるるん!
 待ってましたぁ〜!」


やよいたちが お立ち台を譲ると、春香は前奏に合わせて激しく踊りだした。
狭いボックス内で腕を振り上げるわ、マイクを振り回すわで危険この上ない。


「よっ! るの〜♪」

「ハイハイ!」

「ショーウィンド おに〜♪」

「ハイハイ!」

「アナタの〜♪ うしろ〜♪ すがたぁ〜♪ をみたぁ〜♪」

「「フッフー!」」


……あれ?
"relations" だよな。
こんなに陽気な曲だっけ?
あまりの事態に、一気に酔いが醒める。
飲みなおそうと、酒を手に取ると――
一口しか手をつけていないはずのグラスは、氷だけになっていた。

……まさか。


「この こ〜いがぁ♪ あそ〜び ならっばぁぁ〜♪」

「「FuwaFuwa! FuwaFuwa!」」

「わりきぃれるぅのっにぃ〜♪ カンタンじゃっなっいぃ〜♪」


う〜〜〜わっほい!!


これは……新しいな。
じゃなくて! そんな激しく動いたりしたら……!


「こ〜わ〜れる く〜ら〜いにぃぃぃ……!
 あ・い・し・てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん―――――」


熱のこもったフィニッシュと同時に、
停止ボタンを押したかのように、突然春香の動きが止まる。


「まずい!」


俺は瞬時に春香の体を抱き上げると、ボックスを飛び出した。







「う、うーん……」

「春香、起きたのか?」


バックミラーに、もぞもぞと体を起こす春香の影が映る。
暗いため、表情や顔色までは見えない。


「気分はどうだ?
 頭痛や吐き気は ないか?」

「あ…はい。
 私、どうして……」


寝起きのせいか、ボリュームは小さかったが、
思ったより声はしっかりしていた。


「何も覚えてないのか?」

「うぅ……
 確か、カラオケボックスでジュースを飲んでたら、
 なんだか急に楽しくなってきて……
 何か歌ってたような……」


……やっぱり、ボーっとして、俺の酒とジュースを間違えたんだな。
まあ、色だけ見れば似ているから……そこは仕方ないが。


「俺の酒とジュースを間違えて、酔っぱらって倒れたんだよ」

「えぇっ!?
 あれって、お酒だったんですか!?」


途中で気づきそうなもんだが、最後まで飲み干してしまう辺り、
実に春香らしいというか何というか。


「あの…私、変なこととかしてませんでした?」

「"relations" をハイテンションで熱唱してたな」

「うぅ、全然覚えてない……」

「そりゃ残念だ。 あれは最高だったのに」


歌い終わった後のことは・・・
言わない方がいいだろうな。
知らぬが花だ。


「あの、それでここは……」

「さすがに あの状態で ほっとくわけには いかないからな。
 車で、春香の家に向かっているところだ」


すでに高速を降りて、一般道に出ている。
悪路の揺れで起こしてしまったわけか。
酔いが抜けているのが、不幸中の幸いだが。


「ごめんなさい、迷惑かけちゃって……」

「気にするな。 俺は春香のパートナーなんだから」


というか、完全に俺の監督不行き届きだ。
結果だけ見れば、カラオケボックスで未成年に酒を飲ませたわけで……
警察に知れたら、俺は刑務所行きになるだろう。


「でもさ。 なんだか嬉しかったよ」

「え?」

「あんな風に楽しそうに歌う春香、久しぶりに見た気がしたから」

「あ……」


無責任な発言だが、本心だった。
予定通りレッスンに向かっていたら、あんな春香は見られなかっただろう。
結局あの後、カラオケは お開きになってしまい、
やよいや亜美、真美には すまないことをしてしまったが。


「なぁ、俺と春香が初めて会った時のこと…覚えてるか?」

「えっと……事務所の近くの公園でしたよね」


昔話というほど昔のことじゃない。
つい この間のことだ。
でも、こうして話していると、ひどく懐かしいことのようにも思えた。


「あの時も、春香は一人で歌の練習をしてたよな。
 一生懸命で……本当に歌が好きなんだな、って思ったよ」

「…………………」


だけど、あの時の春香は……
今よりもっと、ずっと……


「……好きなことでも、仕事にすると嫌いになる…っていうけど、
 俺は、春香には歌を嫌いにならないでほしいんだ。
 俺も……春香の歌が好きだから」

「っ! ……」


そんなつもりはなかったのだが、説教くさくなってしまった。
なんだか気まずい空気になりそうな気がして、俺は慌てて話題を変えた。


「……ほら、もうすぐ家に着くぞ。
 今日は すまなかったな。 明日に差し支えなければいいんだが」

「あ、あの、プロデューサーさん」

「ん、なんだ?」

「その……
 プロデューサーさんのお酒、飲んじゃってごめんなさい……」

「へ? いや、そんなこと気にするなよ。
 おかげで、こうして春香を車で送ってこられたんだから」

「いえ、その、そうじゃなくて……えっと……」


そうこうしているうちに、春香の家に着いた。
春香は、まだ何か言いたそうな顔をしていたが、
車が停まると、ドアを開けて外に出た。


「うん、足はしっかりしてるな。
 でも、無理はするなよ?」

「……はい。
 遠くまで送ってもらっちゃって、本当にありがとうございました」


玄関に電気が点く。
春香の両親が、気づいたのだろう。
事情を説明して謝るべきか考えていると、


「プロデューサーさん。
 お父さんたちには、私から話しておきますから」

「うーん、でもなぁ……」

「本当のこと言ったら、私も怒られちゃいますよぉ……
 事務所に行けなくなっちゃうかも」

「……そりゃ困るな。
 じゃあ、頼むよ」


春香に軽く手を振って、再び車に乗り込む。
エンジンをかけ、サイドブレーキを下げ……
発進しようとした所で、春香が駆け寄ってきた。


「どうした?」


窓を開いて、声をかける。


「プロデューサーさん。
 ……おやすみなさい。 また、よろしくお願いします」

「ああ、おやすみ。
 また、事務所でな」


挨拶を済ませると、さっと車から離れた。
車を出す前に、もう一度振り返る。
春香の、いつもの笑顔が薄明かりの下で輝いていた。







「おはようございますっ!
 プロデューサーさん!」

「うん、おはよう、春香」

「仲良きことは美しきかな……だな」

「あ、おはようございます、社長!」

「イメージ戦略は、流行を知ることから始まる。
 では、今日の最新の流行情報だ」



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